<お知らせ>
陶芸教室は第一、第三水曜日と第二、第四火曜日に開いています。(時間は13時30分〜17時)また、体験コース、チケット制などもあります。場所や料金など詳細は左記<メッセージフォーム>か、「メッセージを送る」ボタンよりお気軽にお問い合わせ下さい。
6月です [工房青花からのお知らせ]
というのも今年の個展の青写真がようやく見えてきたからです。
この何年間か岡山で1回、東京で1回と年2回のペースで個展を開いてきましたが、本当のところ今年は敢えて少しペースダウンしようかと思っていました。
でも頭の中で作りたいものが次々に浮かんでくるし、あるギャラリーとの出会いもありこれはもうやるしかないってことかなと・・。
というわけで、今年も開きます!11月の初旬に岡山、たぶん後半に東京中野で。
東京の個展には教室の生徒作品も展示しますので、作ることに興味のある方にもぜひ
見ていただきたいですね。
この頃生徒さんたちも、めっきり腕を上げ、続々と大作に挑戦し始めました。
最初は正直私も “大丈夫かな?” ってちょっと心配でしたが、なんのなんの
けっこういい線いってます。
私もよく言われることですが、「継続は力なり」この一語に尽きますね。
そんな教室風景も、今日は公開してみました。
楽しそうでしょ?
実はご縁があって昨年の11月から老人保健施設でリハビリのお手伝いを始めました。
そのリハビリの一環で陶芸の指導というか、やはりお手伝いといった方がいいのかもしれませんがやってるんですが、作ることの楽しさを味わって下さっているのが手に取るように伝わってきます。
作ることの喜び・・それは与えてもらうことでは決して味わえない、何物にも代え難い
喜びです。
身体的にハンディを抱えた方たちだからこそ、より深くそれを感じるのかもしれません。
それを見ている私が、逆に教えられることがたくさんあって、改めて幸せを感じている
この頃なのです。
長いお休みでした [工房青花からのお知らせ]
果たして何ヶ月が経ったのでしょう・・。
この前更新したときは確か暑い時期でした。
あれから秋が過ぎ冬になり、時は3月・・もうすぐ桜も開花しようかという今日この頃・・ってなんだか講談師みたいになってしまいましたが、ほんとうにご無沙汰を致しました。
この度、ブログをリニューアルすることに致しました。
今までこのブログとは別に作っていたホームページをこちらにお引っ越しさせました。
これからは作品の写真も見ていただきながら、教室や個展のお知らせをしていきたいと思います。
もちろんこれまでのような日常のちょっとしたエピソードなんかも書くつもりですので、今後ともよろしくお願い致します。
それともうひとつ、自宅の一室に棚を設け、小さな小さなギャラリースペースを作りました。
今のところ教室を開く第2、第4火曜日の午後(13時30分より)オープン、ということにしましたので、教室の見学も兼ねて新作をご覧いただけます。
こちらについても気軽にお問い合わせ下さいね!・・ということでまずはお知らせとご挨拶まで***
庭の小さなお客さま [道草]
毎度の事ながらほんとうに“えっ?”って感じで・・。
いやきっと何者かが大がかりな仕掛けを駆使して、私を騙しているに違いない。
そう、たぶん本当は今はまだ5月くらいなのに、何の目的かは分からないがあらゆるメディアをも操って今日が8月19日だとこの私に思い込ませているのだ。
しかし、それにしても大がかりすぎる。
新聞はまだしも、テレビでのオリンピック中継はどうやったのか・・そのこと一つをとってもかなりのものだ。
そしてこの暑さ・・・いったいどうやって気温まで操作しているのか・・そうなるとこれはやはり宇宙人の関与を否定できまい。
いったい目的はなんだ?! そして私をどうしようというのだ!!!
・・なんてことをたまに考えてみたりして。
それもこれも気がつけば個展が2ヶ月後に迫ってきているという現実が、私の脳をゼリーに(?)してしまっているのだろう(!)
そんな私の心を慰めてくれるのは、うちの猫もそうなのだが、もう一つは庭に撒いた仏飯・・つまり仏壇にお供えしたあとのご飯を食べに来るスズメたち。
『ねえねえ、あそこの庭にいくとおいしいご飯がたべられるんだよ』
などとスズメたちは情報交換をし合っているのか、ある時間帯になると一羽、また一羽と庭にやってきてほんとうにキレイに食べていってくれる。
あんまり売れ行きが良いので、時には“おかわり”を撒いてやることさえある。
庭の木の枝にいったんとまり様子を伺うようなしぐさなど、見ているとなぜか癒される気がするが、スズメは人の気配にとても敏感なのでカーテンの陰からそっと眺めている。
ちなみにスズメがご飯を残すようになった時期があった。
たまたまスーパーで安売りしていたお米を買ったみたのだが、残念ながらハズレであまりおいしくなかった。
今やスズメもなかなかのグルメなのである。
暑い!のに熱い話 [日記]
注文のものを無事納品しほっとしたのもつかの間、すぐに次の製作に入らなければと再びエンジンをかけ・・がしかし・・暑い!なんなのだこの暑さは!
もし私がゼリーだったらもうすっかり溶けてしまっているのだ〜と、突然バカボンのパパになってしまうのもこの暑さであればやむを得ない話だ。(?)
しかも夏本番はこれからなのだから、もっともっと暑くなるに決まっている。
岡山でやっていた時は灯油窯を使っていて、不完全燃焼を避けるため300℃くらいまでは薪で炊いていた。
ある時焚き口付近の温度を測ってみたところ50℃以上あった。7月か8月のことだったと思う。
そのことを思えばなんのこれしき・・と言いたいところだがなかなかそうはいかないものだ。
そんな中、手回しロクロで茶碗を制作中、暑さで脳も溶けてきているのか突然なんの脈絡もなく頭に浮かんできたのがグリム童話、有名な“小人と靴屋”のお話だ。
貧しい靴屋が寝ているうちに小人が現れて立派な靴を作って行ってくれる・・それは高く売れ、そんな日々が繰り返されるうち靴屋の暮らし向きはだんだん良くなってくる。
靴屋は小人達へのお礼に小さな服や靴下や靴を作って置いておくと見つけた小人達は大喜び・・。
記憶は定かではないのだが、その後小人達は現れなくなってしまったが靴屋夫婦はそれからも幸せに暮らした・・というお話だったと思う。
子供の頃に読んだときは別に何とも思わなかったのだが、それでもどこかスッキリしないものがあったような気がする。
それが何だったのか、唐突に溶けかけた脳に浮かんだ。
靴屋が豊かになり、幸せになったのは良いことだ。
しかし小人が靴を作ってくれていた間、靴屋夫婦は何をしていたのだろう。
つまり自分達は自分達でちゃんと靴を作っていたのだろうか・・それがとても気になる。
靴屋はもちろん生活のために靴を作っていたとしてもそこには作る喜びがあったはずだ。
それをただただ小人に任せてしまったのだとしたら、とうてい納得できない。
物を作る喜びは作る人の特権で、なにものにも代え難い喜びなのだから、例え貧しくても幸せだったはずだ。
あくまでも私の解釈だが小人が現れなくなったのは、もう一度おじいさんにそれを思い出してもらいたかったからなのではないか。
もしかして、働けど働けど・・の状態だったとしたらちょっと楽をさせてあげたいと思ってお手伝いをしたが、これ以上はおじいさんの為にならないと思って消えた・・ということなのではないのか・・ってまあそんなに熱く語ることでもないのかもしれないが、こんなふうにあることが突然気になってしまう病気なのでしょうがないのです!
暑いときこそ熱い物を食べた方が良いとも言うし・・ってことで!(無理矢理だけど)
完
火事場の馬鹿力 [日記]
いくつかの経験の中でもっとも単純明快なのは文字通り腕力に関するものだが
以前私は衣類のいっぱい詰まった段ボール箱二つを二段重ねにして抱え、新幹線に乗り込んだことがある。
なぜそんなこと(そんな羽目)になったのかというと、まだ母と岡山に住んでいた頃、東京の姉夫婦の新しい家でお正月をゆっくり過ごそうという事になり、着替えやらお土産やらを先に宅配便で送るつもりで荷造りしているうちについつい荷物が多くなり、それはとうとう段ボール箱2箱になってしまった。
二人分とはいえ多いなあと思いながらも、まあどうせ送るのだからと軽く考えたのが間違い
だった。
この頃では大丈夫なのかどうかはっきりした認識はないが、少なくとも当時12月31日の午後2時に荷物を受け付けてはもらえず、駅に向かう途中に預けようとして判明したことなので、また自宅に戻り荷造りをやり直してカバンに詰め直すことなど、もうとうてい考えられなかった。
となればもう道は一つである。
重かった。
ひたすら重かった。
掛け声と共に抱え上げ、改札に向かったものの降ろしては休み、また掛け声と共に持ち上げ・・を何度か繰り返しようやく改札までたどり着いた。
“ホントに通れるのか?いや通してくれるのか?”
果たして駅員さんに見咎められることもなく通ることはできた。
そのあとは、新幹線のドア付近に荷物を置き、自分達は空席を見つけてそこに座った。
時々様子を見には行ったが、いくらなんでも段ボールのガムテープをはがして中を物色しようなんて人がいるとは思えなかったし、荷物の側にいればいたでもっと邪魔だと判断したのだ。
いずれにしても迷惑この上なかっただろうが、この時ばかりは “日頃の力仕事の賜物かしらん” などと思ったものだがよく考えればこれぞまさしく火事場の馬鹿力である。
と、こんなことをふと思い出したのもたぶん偶然ではない。
今こそ、この力を発揮する時に来ている・・と思えるからだ。もちろんこれは象徴的な意味に於いて・・であるが。
そう、これからの自分に期待を込めてそう思ったのだった。
ちょっと寄り道?ちょっと道草 [道草]
ブログと言えどもそれなりに、ちゃんとした文章にしようと思うとやっぱりなかなかタイヘン。
かといって性格的にテキトーに書けない・・。
私の頭の中はいつも、次にどんなものを作ろうかってことでイッパイで余裕もない。
今年の初めに毎週火曜日に更新するって決めたけど、ダメで・・
いっそやめようかとも思いながら、でもせっかく始めたのだからとも思い・・。
・・とまあこんな風につらつらと書くパターンをひとつ増やす事にしました。
“なんだよそれ!”って方もあるでしょうし
“しゃーねえな、ま、暇つぶしに読んでやるか”という心の広い方もいらっしゃると信じ。
食い意地が張っているためか、何でも食べ物に例えるのがくせなのですが、
言ってみればお漬け物みたいなもの・・かな。
箸休めって言うか。
子どもの頃には学校からの帰り道、友達とよくダラダラと遊びながら帰ったものです。
せんせいには『まっすく帰りなさい』って言われたけど、友達の家に寄って遊んで帰ったり
遠回りして帰ったりも。
でもそれが楽しかったし。
そんなのんびりした空気の中で過ごせたのは、今は昔。
殺伐とした時代になってしまいました。
それを思うと私なんぞは幸せだったんですねぇ。
だからいまだに、どこかのんき・・というかぼぉ〜っとしてるんでしょうか。
どうでもいいんですが母も似ています。
この前母が買い物に出るとき、“何か他に買ってくるものある?”って聞くので
“う〜ん、じゃあついでに銀行買ってきて〜”と言うと
“ま〜買えたらな〜”って岡山弁で返されました。
うちでは普通の会話です。
こんな道草ですけど、気が向いたらまたお付き合いください。
ハチはお手もします [猫]
うちの二匹の猫=ナナとハチもポカポカのお外で遊びたいだろうなあ〜。
しかし!うちの子は完全な箱入りなのです。
前に飼っていた猫が野良猫とケンカして病気に感染した悲しい経験から、決して外には出さないことにしたので。
また、今の子たちは捨て猫を保護して里親さがしをする、猫のボランティアをしている知り合いから引き取ったのですが、その人からも“家の中だけで飼ってね!”と固く言われたのです。
そんなわけでせいぜい二階のベランダぐらいしか出してやれなくて、窓から外をじっと眺めている姿を見るにつけ、かわいそうでたまらなくなります。
こうなったら中庭のある家を建ててやるしかありません。そして姉はパン屋さんを開くのが夢だと言ってるし、母はまた茶房をやりたいと言っています。
私は、誰もが気軽に集えて気軽に土にも触れられる場所を作りたいし、それにやっぱりちょっとしたギャラリーコーナーも欲しいですね。
つまりまとめると、工房とギャラリーのある手作りパンが食べられるカフェ、中庭付き!
これでどうだぁ〜って感じですよね。
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あ、それからご報告なのですが、前にうちの子はちゃんとおすわりができるってブログに書いたんですが、今やハチはお手もできるようになったんです。
今年になってからちょくちょくアプローチしていたところ、何かの拍子にできるようになり、以後すっかり覚えてしまいました。
お代わりもできるようになったのですが、そこまでさせるのはかわいそうかなと思い、今はもうさせていません。
“犬じゃあるまいし、かわいそうに!”って姉には言われますが、言葉でコミュニケーションがとれないぶんボディランゲージで(?)みたいな・・。
などと言いながらそのしぐさがかわいいから結局は見たいだけなんですよね。
そうそう、付け足せばうちの子はどっちも左利きです。
ナナは水を飲む時、直接口は付けず、水に浸した手をなめるのですが、その時使うのは決まって左手・・ハチに“おててちょうだい”と言うと出すのはいつも左手です。
そんなお利口な子たちのためにも早く中庭付きの家を建ててやらなきゃ・・。
求むスポンサー!!!
スポンサー希望と手を挙げていただいた方には、今ならもれなくハチのお手をお見せします。
地球号を思う [モノローグ]
この頃ホッキョクグマのことばかり考えている。
地球の温暖化のせいでホッキョクグマが絶滅の危機に瀕しているという。
いやもちろんホッキョクグマに限ったことではないのだが。
それらを映像や本などで目にするたびに “ああどうしよう、どうしたらいいんだろう”
と考え込んでしまう、私が考え込んだって仕方がないことなのに。
人間の横暴ともいえる行いの積み重ねがこの状況を引き起こしている。
動物がひどい目に遭うのは耐えられない。
もし前世なるものがあるとしたら、私の前世は動物だったに違いない・・とさえ思えるほどに。
もちろんホッキョクグマかどうかはわからないが。
動物たちは人間と違って受け身なのだ。
ただただ変わってしまった環境の中でどうにかして生きていくしかない。
でももうそれも限界に来ている。
そして危機的な状況の波はもう私たちの足下まで押し寄せているのだ。
なのに人間はどこまで傲慢で愚かなのか・・この期に及んで戦争もやめないし、あくまでも自分達が豊かであることばかり考えているとしか思えない。
この地球を大きな船と考えるなら、仮に人を傷つけたり殺したりして富や権力を手に入れたとしても、その船が沈んでしまえばそれですべて終わりなのに、そんな当たり前のことすらわからないというのか。
それとも、自分が生きている間さえ無事なら、あとは沈もうがどうなろうが知った事じゃないとでも言うのか。
でもそんな偉そうなことを言っている私にしたって、その “地球号” を沈没せしめる行為にあちこちで加担しているに違いないし、普段考えていることといったらせいぜい、今日はトンカツが食べたいなあ・・だったり、たまには旅行したいなあ・・だったりするのだ。
それでも何かをしたい。人のためにいや自分のためでもあるに違いないが、とにかく生まれてきた以上少しぐらい何かの、誰かの役に立ちたいと思う。
そのために、もしたくさんのお金が必要なら大金持ちにだってなりたい。
*そう言って幼なじみに笑われた。
そう言えば子どもの頃にも途方もない疑問や問題ををぶつけては、学校の先生を戸惑わせたことがあった。
何も変わっていないということか。*
とにかく小さな事でもいい、何かをしなければ何も変わらない。
しかし、今の私にできることはまずはいい作品を作ること、結局はいつもそこに行き着く。
果てしなく遠い事なのかもしれないが、そのことがきっとどこかで繋がっていくと信じている。
めし碗グランプリ展結果発表! [日記]
「あっ!!!?」という間にひと月近く経っていました。
「ええ〜っ、騙されてるんじゃないのか!?」と思うほどの早さです。
先日応募した、めし碗グランプリ展の審査結果が今日やっと届きました。
あまりに遅いので選外かなぁと思っていたら “入賞しました” になっていたので、まずはよかったです。 ただ、入賞といっても主立った賞はネットで調べて入っていないのは確認済みでしたから、佳作だと思いますが・・。
この公募展、長崎の波佐見町の主催で、なんとあの “なんでも鑑定団” の中島誠之助さんが審査委員長なのです。
去年始まったばかりですが、応募がめし碗ですし、出品しやすいこともあって応募数はかなりの数だと思います。
その事からすれば、とりあえず選外にならなかっただけでもまずは良しとしなければって感じでしょうか・・。
またもし来年出品して大賞でも頂けたらその時には!・・行きたいと思います。
・・ってことで、個展に向けていよいよ崖っぷち状態になりつつある私ですが、個展の会場にはこのめし碗も並ぶことと思いますのでどうぞお楽しみに*







